宗津村(読み)そうづむら

日本歴史地名大系 「宗津村」の解説

宗津村
そうづむら

[現在地名]灘崎町宗津

片岡かたおか村の南東北東児島湾に面する。寛永備前国絵図では高八六石余。享保六年(一七二一)の田畠一一町一反余、家数三七・人数二〇八(備陽記)。文化年間の「岡山藩領手鑑」によると高八六石余、直高一六九石余で三一石余がはやし(現倉敷市)神主大守舎人、残りは家臣二人の給地、田五町六反余・畑五町五反余、池四、樋六、井戸二、橋二、家数五一・人数二七六、牛一九、船二、猟師鉄炮二、紺屋・酒屋各一軒、大工二、木挽一がいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む