宝山村(読み)たからやまむら

日本歴史地名大系 「宝山村」の解説

宝山村
たからやまむら

[現在地名]行橋市宝山

寺畔てらなわて村の西に位置し、いま川の西岸沖積平野に立地する。西境長峡ながお川水系の井尻いじり川が北流する。元和八年人畜改帳に村名がみえ、御蔵納分の高六九石余、給人二人(召上地)分の高一五二石余、給人五人分の高三八二石余の三筆に分けられ、家数三八・人数五七(うち庄屋一・百姓九・名子等一三)、牛一〇・馬一。寛永九年(一六三二)の高六〇八石余(「仲津郡寛永六年七年八年三ヶ年之御免帳」永青文庫)。宝永三年(一七〇六)の水帳では高六〇四石余(嘉永五年仲津郡本田畑御勘定帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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