宮堂村(読み)みやんどうむら

日本歴史地名大系 「宮堂村」の解説

宮堂村
みやんどうむら

[現在地名]大和郡山市宮堂みやどう

柏木かしわぎ村の東方佐保川を隔てて位置する。「筒井諸記」には「宮堂村領之内ニ鳥居芝在之 往古布留神社(石上神宮)ノ大鳥居ノ跡ト云 山辺郡布留社ヨリ此地迄凡七十町余」とある。現在も同社遥拝所がある。

慶長郷帳では村高四〇一・七九石、竜田藩(片桐且元)領。元和郷帳では「みやんと村」とあり、村高は四〇二・二二石とやや増している。寛永一六年(一六三九)幕府領となり、明治維新に至った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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