宿毛純友城跡(読み)すくもすみともじようあと

日本歴史地名大系 「宿毛純友城跡」の解説

宿毛純友城跡
すくもすみともじようあと

[現在地名]宿毛市大深浦 城ヶ山

松尾まつお坂の南西約二〇〇メートルの谷を隔てた山上にあり、ちょうど宇須々木うすすき港の背後に位置する。城跡には一アールほどの平坦地が三ヵ所段々になっており、石垣の跡らしきものもあるが定かでない。藤原純友が居城したといい、純友が乱に敗れて伊予日振ひぶり島を退去するにあたってその妻を隠したところと伝えられる。「編年紀事略」天慶四年(九四一)八月一六日の記事に「純友カ妻土佐国幡多郡松尾坂ニ憂死ス、栗山将監入道定阿亦虜トナル、定阿ハ純友カ妻ノ父ニシテ重太丸カ祖父也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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