富陽庵(読み)ふようあん

日本歴史地名大系 「富陽庵」の解説

富陽庵
ふようあん

六一世東岳文塔所。文は応永二三年(一四一六)没。岩瀬いわせ郷に永禄五年(一五六二)蔭山家広寄進の一貫二〇〇文の所領があった(永禄七年九月二五日「妙悟蔭山家広後室証文」県史三)。永禄六年円覚寺炎上の際類焼、その際蔭山家広寄進状も焼失し、翌七年家広後室妙悟が再び同郷に関する前掲証文を出している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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