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無住 ムジュウ

デジタル大辞泉の解説

む‐じゅう〔‐ヂユウ〕【無住】

人が住んでいないこと。また特に、寺に住職がいないこと。また、その寺。「無住の庵」「無住の寺」
仏語。心の中の一切の束縛を断ち切った、とらわれのない状態。

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百科事典マイペディアの解説

無住【むじゅう】

鎌倉中期の僧。俗姓梶原氏。号を一円,諱(いみな)は道暁(どうぎょう)。鎌倉に生まれ,19歳で出家。諸宗兼学し,35歳で臨済宗の聖一(しょういち)国師(円爾(えんに))に学び,38歳のとき尾張長母(ちょうぼ)開創
→関連項目ささやき竹雑談雑談集法語和歌陀羅尼

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世界大百科事典 第2版の解説

むじゅう【無住】

1226‐1312(嘉禄2‐正和1)
鎌倉中期の僧で説話集編者。梶原氏の出というが,俗名未詳。無住は字で,諱(いみな)は道暁,一円房と号した。鎌倉で生まれ,辛酸の幼少期を経て,18歳のとき常陸で出家。東国で修学後,大和の正暦寺西大寺で法相・律を学び,帰東して鎌倉の寿福寺参禅,さらに京都東福寺の開山円爾弁円に師事して東密を伝習するなど,広く新旧諸宗を兼学して,一宗一派に偏しない思想と学識の持主となった。1262年(弘長2)尾張の長母(ちようぼ)寺(名古屋市東区)に止住し,住職となって半世紀を送り,兼持した伊勢桑名の蓮華寺で没した。

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大辞林 第三版の解説

むじゅう【無住】

寺に住職がいないこと。また、その寺。
〘仏〙 一定のあり方にとどまったり執着したりしないこと。

むじゅう【無住】

1226~1312) 鎌倉後期の臨済宗の僧。字あざなは道暁、号は一円。梶原氏の出か。円爾えんにに禅を学び、のち尾張国長母ちようぼ寺を開創。著「沙石集」「妻鏡」「雑談ぞうだん集」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

無住
むじゅう
(1226―1312)

鎌倉後期の僧。道暁、一円、大円国師ともいう。鎌倉幕府の幕臣梶原(かじわら)氏の裔(すえ)に生まれたといわれるが、肉親の縁に薄く、鎌倉をはじめ下野(しもつけ)(栃木県)、常陸(ひたち)(茨城県)などを転々としたのち出家し、28歳で遁世(とんせい)。以後、奈良、京都、鎌倉の諸寺で広く顕密諸宗を学ぶ。37歳の1262年(弘長2)以後、尾張(おわり)国木賀崎(きがさき)(名古屋市)の長母寺(ちょうぼじ)の住職となった。自ら「昔より物語を愛し好み侍(はべ)りしゆゑに、修行の暇(いとま)をかきて、徒(いたづ)ら事を書き置」いたと述べているように、生来の話し好きで、晩年、硬軟取り混ぜた仏教説話を編纂(へんさん)し、『沙石(しゃせき)集』(1283)、『雑談(ぞうたん)集』(1305)などを著した。地方の武士や庶民の世界が平明な文体で描き出されている。[小島孝之]
『安藤直太朗著『説話と俳諧の研究』(1979・笠間書院)』

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367日誕生日大事典の解説

無住 (むじゅう)

生年月日:1226年12月28日
鎌倉時代後期の臨済宗聖一派の僧
1312年没

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世界大百科事典内の無住の言及

【沙石集】より

…説話集。無住編。10巻。…

【雑談集】より

…仏教説話集。無住道暁(むじゆうどうぎよう)編。10巻。…

【妻鏡】より

…鎌倉時代の仏教書。無住著。1巻。…

※「無住」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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