旺文社日本史事典 三訂版 「対馬事件」の解説
対馬事件
つしまじけん
極東への進出をはかったロシアが,軍事基地化を目的に,1861年軍艦ポサドニック号を対馬へ派遣。ポサドニック号は対馬芋崎 (いもざき) 浦を占領し半年間停泊したが,島民の激しい抵抗とイギリスの軍艦2隻の派遣により撤退した。
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