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対馬 つしま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

対馬
つしま

長崎県北西端,九州島と朝鮮半島とのほぼ中間にある国境の島。六つの有人島と約 70の無人島からなり,全島で対馬市を形成する。南北約 82km,東西約 18km。おもに砂岩からなるゆるやかな起伏の山地で,中央部に浅茅湾がある。

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デジタル大辞泉の解説

たい‐ま【対馬】

平手(ひらて)2」に同じ。
将棋の技量が互角であること。

つしま【対馬】


旧国名の一。現在の長崎県対馬全島にあたる。対州(たいしゅう)。
[補説]古くは「津島」とも書いた。
九州と朝鮮半島との間にある島。面積約698平方キロメートル。長崎県に属する。古くから朝鮮半島や中国との通路にあたる要地。漁業を主産業とする。
長崎県の対馬を占める市。平成16年(2004)に厳原(いづはら)町、美津島(みつしま)町、豊玉町、峰町、上県(かみあがた)町、上対馬(かみつしま)町が合併して成立。漁業が主要産業。人口3.4万(2010)。

対馬音」の略。
対馬砥(ど)」の略。
対馬焼」の略。

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百科事典マイペディアの解説

対馬【つしま】

九州北西海上,朝鮮半島との間にある島。面積696.62km2。かつての対馬島。浅茅(あそう)湾により南北2島に分かれ,両島間は典型的なリアス式海岸を呈する。
→関連項目上県[町]上対馬[町]朝鮮通信使投馬国豊玉[町]長崎[県]美津島[町]峰[町]ロシア軍艦対馬占領事件

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

対馬 つしま

?-? 江戸時代の遊女。
江戸吉原海老屋に属し,正月,吉原ではじめて羽根をつき,また禿(かむろ)に羽子板をもたせて花魁道中(おいらんどうちゅう)の列にくわわらせたことで知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

つしま【対馬】

九州と朝鮮半島の中間に位置する島嶼(とうしよ)群。長崎県に属し,上県(かみあがた)郡の3町(上対馬,上県,峰)と下県郡の3町(豊玉,美津島(みつしま),厳原(いづはら))に分かれる。かつての対馬島(つしまのしま)にあたり,九州とは対馬海峡東水道,朝鮮半島とは同西水道によって隔てられ,大陸と日本との交通の要衝としての役割を果たしてきた。長崎県の対馬支庁が厳原町にあるが,日常生活の面ではむしろ福岡県との関係が強い。

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大辞林 第三版の解説

たいま【対馬】

将棋で、平手ひらてのこと。
将棋の力が同じ程度であること。

つしま【対馬】

旧国名の一。対馬全島にあたる。対州たいしゆう
九州と朝鮮半島との間にある島。長崎県に属し、上島かみしまと下島しもじまに分かれる。全島山がちで、主産業は漁業。
長崎県対馬全島を占める市。主産業は漁業。沿岸では真珠養殖も行う。厳原いづはら港周辺はかつては城下町、現在は対馬最大の港で、対馬の表玄関。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔長崎県〕対馬(つしま)


九州とチョソン半島(朝鮮(ちょうせん)半島)の間に浮かぶ島。面積696.4km2は主要4島を除いた日本の島々の中では、北方領土の択捉(えとろふ)島・国後(くなしり)島、沖縄(おきなわ)島、佐渡(さどが)島、奄美大(あまみおお)島に次ぐ。属島も含め全島で長崎県対馬市を構成する。中央部で西岸に開口した浅茅(あそう)湾は典型的な沈水(ちんすい)性の溺(おぼ)れ谷(だに)で、西から東に12km以上にわたり複雑に湾入する。この入り江を境に、島は北島(上県(かみあがた))と南島(下県(しもあがた))に二分される。ただし湾の東岸には南北約10kmにわたり狭い地峡(ちきょう)が繋がっており、元来は一つの島である。この地峡の南部に1672年(寛文12)に掘られた大船越瀬戸(おおふなこしせと)、その北約1kmに1900年(明治33)に開削された万関(まんぜき)瀬戸(久須保(くすぼ)水道とも)の2ヵ所の運河で浅茅湾と対馬海峡東水道とが連絡されている。北西岸は最狭部の幅約48kmの対馬海峡西水道(朝鮮海峡)を隔てて韓国(かんこく)領フォンド(鴻島)に対する。中国3世紀の古書『魏書』東夷伝倭人条以来、中国大陸・朝鮮半島との交通の要衝であり、国境の島として、しばしば大陸・半島との交渉の舞台となった。7世紀の防人(さきもり)や13世紀の元寇(げんこう)などの歴史をもち、室町時代からは朝鮮貿易で繁栄。明治期から軍事要塞(ようさい)となり、現在も陸・海の自衛隊基地がおかれる。林業とシイタケ栽培、イカ漁、真珠養殖が盛ん。かつて南島にあった対州(たいしゅう)鉱山は鉛・亜鉛を産したが、1973年(昭和48)閉山。対馬空港から長崎・福岡市へ航空便があり、小倉港・博多港、韓国の釜山港などへはフェリーが運航。島内には対馬縦貫道路(国道382号)が走る。島内の海岸や山地は広く壱岐(いき)対馬国定公園に含まれる。近年、韓国からの観光客が急増し、文化摩擦や環境保護の面で問題が生じている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

対馬
つしま

九州と朝鮮半島との間にある島。長崎県対馬市に属する。古くは対馬国あるいは対州(たいしゅう)とよばれた。面積696.29平方キロメートル(2005)。博多(はかた)港から壱岐(いき)を経て海路120キロメートルにあり、北は朝鮮海峡を隔てて韓国の釜山(ふざん)までわずかに40キロメートルの距離にある国境の島である。古くから大陸とわが国との文化、経済、軍事上に重要な役割を果たした。弥生(やよい)遺跡や古墳や延喜(えんぎ)式内社が多く、日本最古の銀山があった。このことは、渡来人や政府使節がもたらした文化と貿易によって得た日本の利益はとくに大きかったことを示す。そのほか、防人(さきもり)(7世紀)、文永(ぶんえい)・弘安(こうあん)の役の元寇(げんこう)(13世紀)、文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役(16世紀)、倭寇(わこう)や刀伊(とい)などの歴史的背景を有する。明治以後は全島要塞(ようさい)地帯となり、現在では開発途上地帯として島の経済・文化の停滞性が指摘される。しかし島の国際的重要性は通信や軍事のうえで示され、1975年(昭和50)には世界的な電波灯台の海上保安庁オメガ局(オメガ塔)が設置された(1997年廃止)。このほかに水中聴音器(ソナー)(海上自衛隊)、デッカ局(海上保安庁)などの施設があり、海上・陸上の警備隊が配置されている。人口3万6227(2009)。[石井泰義]

自然

地学的には、かつて大陸の動植物が陸上を伝わってきた陸橋と認められている。現在の地形は、第三紀層からなる地塁山地で、標高約400メートルの隆起準平原の山容を呈し、これを刻む河谷は壮年期の渓谷をつくっている。南北に走る主分水界は東に片寄り、河川は西側では比較的緩やかに流れ、東側では短小で急傾斜をなす。海岸は沈降型を示す所が多く、中央部の浅茅(あそう)湾では日本一の溺(おぼ)れ谷景観を展開している。こうした自然景観は、歴史的背景と相まって壱岐対馬国定公園に指定されている。[石井泰義]

交通

1979年(昭和54)対馬空港(対馬市美津島町(みつしままち)地区白蓮江(しれえ))が開設され、福岡、長崎への空路があり、博多(はかた)港から厳原(いづはら)港、比田勝(ひたかつ)港にジェットフォイル、フェリーが就航している。島内交通は各地の主邑(しゅゆう)を結ぶ海上交通が開かれ、大船越(おおふなこし)瀬戸は元禄(げんろく)年間(1688~1704)、万関(まんぜき)瀬戸は日露戦争(1904)前に開設した水路である。かつては陸上交通はきわめて不便で、対州馬をおもな交通手段とし、河谷を利用した河床道(かしょうどう)が主であり、道路はまったく未開発で、軍用道路として厳原―(けち)間に近代的道路が開かれているにすぎなかった。第二次世界大戦後、各地に林道がつくられ、現在では南北を貫く対馬縦貫道路(国道382号)が完成している。厳原港、比田勝港からは韓国の釜山へ高速船の便(不定期)がある。[石井泰義]

産業

山地が多いため耕地はわずかに2%足らずで、耕地の不足を補うため古くから林野での木場(こば)作(焼畑)が行われ、アワ、ソバ、ダイズがつくられたが、現在は木場作は廃止され、普通畑でのサツマイモ、ジャガイモ、ムギの生産を主としている。牧畜は、かつて対州馬を産したが、いまはまったく衰えている。全島の89%が林野で占められているが、明治以後要塞に指定され、森林の開発は停滞、わずかに天然のマツを利用した杭木(こうぼく)の生産や木場作跡地の雑木林からの薪炭の生産にとどまっていた。1959年(昭和34)対馬林業公社が発足、5335ヘクタールを造林したが2001年度を最後に造林はしていない。また、薪炭の生産も、灯油が家庭燃料として主役を占めるに及んで停滞し、そのかわりにシイタケ栽培が盛んとなり、農林業所得の重要な地位を占めている。
 漁業はイカを中心に、タイ、ブリなどの一本釣りや沿岸での定置網漁業が主である。真珠養殖も盛んである。
 鉱業は674年(天武天皇3)佐須(さす)・椎根(しいね)地区においてわが国最初の産銀が行われ、明治以後は亜鉛と鉛が採掘(対州鉱山)されたが、1973年(昭和48)閉山し、付近一帯はカドミウム汚染要観察地区に指定されている。[石井泰義]

観光

朝鮮式山城(やまじろ)の遺構をもつ城山(じょうやま)をはじめ、防人たちに親しまれた浅茅(あさじ)山(いずれも対馬市美津島町地区)あるいは金石城、万松(ばんしょう)院や武家屋敷の高塀など(同市厳原町地区)の史跡、島内各地にみられる高床式の俵物(ひょうもん)小屋(穀物倉)や頁(けつ)岩を利用した石屋根の家屋景観、万関橋・大船越橋などの特色ある交通景観があり、さらに浅茅湾をはじめとして各地にみられる海岸美、海洋美や奥地にみられる紅葉の渓谷美などがあげられる。[石井泰義]
『『対馬の自然と文化』(1953・九学会連合対馬共同調査委員会) ▽『壱岐・対馬自然公園学術調査報告書』(1965・日本自然保護協会) ▽長崎県生物学会編・刊『対馬の生物』(1976) ▽永留久恵著『古代日本と対馬』(1985・大和書房) ▽矢野道子著『対馬の生活文化史』(1995・源流社) ▽岡田啓助著『対馬の信仰と説話の研究』(1997・おうふう)』

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世界大百科事典内の対馬の言及

【対馬島】より

…663年(天智2)の朝鮮半島白村江での敗戦後は国防の最前線となり,翌年に防人(さきもり),烽(とぶひ)が配備され,667年には金田(かなだ)城が築かれたが,のち1019年(寛仁3)の刀伊(とい)の入寇では大被害を受けた。古くは対馬国と称され,律令制の成立とともに上県・下県2郡を管する対馬島として国に準ずる扱いを受けた。国府・国分寺は現下県郡厳原(いづはら)町にあった。…

【対馬藩】より

…対馬国(長崎県)下県(しもあがた)郡与良(よら)郷府中に藩庁を置いた外様藩。藩主は宗氏,中世以来の守護大名から近世大名に転化した数少ない例。…

【畑∥畠】より

… 山間村では,この畑地にさらに焼畑が加わって農民生活を維持する。対馬の木庭(こば)では20年前後雑木を立てた林を伐採し,猪,鹿よけの垣を作り,枝や草を焼いて2~3年麦をはじめ多様な作物を作る。灌木状態の山を焼くには,数年放置したあと,刈り倒し,焼いて作物を作る。…

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