小土呂町(読み)こどろまち

日本歴史地名大系 「小土呂町」の解説

小土呂町
こどろまち

[現在地名]川崎区池田(いけだ)一―二丁目・元木(もとき)一―二丁目・貝塚(かいづか)一―二丁目・堤根(つつみね)・小川(おがわ)町・下並木(しもなみき)・南(みなみ)町・古川通(ふるかわどおり)・日進(につしん)町

東海道川崎宿四町の一つで宿の西端に位置し、北は南河原(みなみかわら)村(現幸区)、南は渡田(わたりだ)村に接する。寛永九年(一六三二)伝馬負担により疲弊した新宿(しんしゆく)町の附役として川崎宿へ組入れられた(宝永四年「川崎町御伝馬宿被仰付次第并御役勤方目録」森文書)。砂子(いさご)町とともに上(かみ)町と称され地方三役を勤めた。田園簿には「川崎小土呂村」とある。町内を通る東海道往還は長さ一九四間。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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