小瀬ヶ洞村(読み)おぜがほらむら

日本歴史地名大系 「小瀬ヶ洞村」の解説

小瀬ヶ洞村
おぜがほらむら

[現在地名]朝日村小瀬ヶ洞

秋神あきがみ川沿いの山峡の村で東は棚洞たなほら(一三二〇メートル)がそびえる。北の黒川くろかわ村から鈍引どんびき川をさかのぼって当村に出、黍生谷きびゆうだに村から猪之鼻いのはな峠越で中之宿なかのしゆく(現高根村)へ出るのを鎌倉街道とよんだが、近世中洞なかぼら(現同上)の歩危路が開削され、当村から権現ごんげん峠を越えて中洞から中之宿へ出るほうが近くなった。元禄飛騨国検地反歩帳に村名がみえ、高一二石余・畑六町四反余。「飛騨国中案内」によれば免は三割四分四厘、家数二一、うち百姓一九・家抱二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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