小鹿野村(読み)おじかのむら

日本歴史地名大系 「小鹿野村」の解説

小鹿野村
おじかのむら

[現在地名]滑川市開(ひらき)

早月(はやつき)川が形成した隆起扇状地(室山野台地)の南縁部に位置し、西は春木(はるき)村。文化年間(一八〇四―一八)の新川郡巨細絵図(県立図書館蔵)では、男鹿(おじか)野と記された広大な原野の一角にあたる。男鹿野の開発は当村と春木村にかかわるもので、市田家文書によると寛政五年(一七九三)に「請高千石之内百石地方へ被仰付」とあり、「四百六十五石、安田山金屋山開、七歩去一作御図免」とされた。「安田山金屋山開」は当村をさし、「東加積村誌」は田家新(たいえしん)村(現黒部市)の孫右衛門が開墾、文化一四年に小鹿野として村立てし草高六七四石、免二ツ三歩となったとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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