日本歴史地名大系 「屋敷分村」の解説 屋敷分村やしきぶんむら 東京都:府中市屋敷分村[現在地名]府中市美好町(みよしちよう)一―三丁目・東芝町(とうしばちよう)・日鋼町(につこうちよう)、国分寺市西元町(にしもとまち)四丁目番場(ばんば)宿の西、甲州道中沿いにあり、南は府中本町の枝村分梅(ぶばい)。江戸後期のものと思われる府中領絵図(田中家蔵)には当村の位置に六所宮(現大国魂神社)の社家である佐野・鹿嶋田・中善寺各氏の古屋敷跡が記されている。村名はこれらの屋敷に由来すると考えられている。田園簿に屋敷分村とあり、高三三三石余は皆畑。一貫して幕府領であった。北部の持添新田は元文元年(一七三六)に検地を受けた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報