山武町(読み)さんぶまち

日本歴史地名大系 「山武町」の解説

山武町
さんぶまち

面積:五二・〇五平方キロ

東は松尾まつお町、南は成東なるとう町および東金とうがね市、西は八街やちまた市、北は芝山しばやま町および印旛いんば富里とみさと町と接する。町域を作田さくだ川とさかい川が南東流し、集落はこれらの流域に営まれる。JR総武本線が作田川と並行して通り、日向ひゆうが駅がある。町域のほぼ中央に位置する埴谷はにやは古代の上総国武射むしや埴屋はにや(和名抄)の遺称地とされ、中世には椎崎氏らとともに埴谷氏が拠点を置いていた。当地方の法華宗の拠点寺院妙宣みようせん寺住持である「鍋かむり日親」は埴谷氏一族といわれている。江戸時代には雨坪あめつぼ下布田しもふだ植草うえくさ三村山辺やまべ郡に属し、その他は武射郡に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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