山背郷(読み)やましろごう

日本歴史地名大系 「山背郷」の解説

山背郷
やましろごう

和名抄」所載の郷。東急本に「也万之呂」と訓ずる。遺称地は現加賀市山代温泉やましろおんせんで、郷域は山代温泉付近から南西の現山中やまなか我谷わがたにに至る大聖寺だいしようじ川中流域とする説(加賀志徴)、山代温泉付近から南東動橋いぶりはし川上流域の現山中町四十九院しじゆうくいん谷まで及んでいたとする説(日本地理志料)がある。推定郷域に近接する遺跡としては、加賀市の狐山きつねやま古墳(全長五六メートルの前方後円墳)や、動橋川谷頭右岸の小丘陵に占地する同市法皇山ほうおうざん横穴群がある。天平一二年(七四〇)の越前国江沼郡山背郷計帳(正倉院文書)は、わずかに江沼臣族乎加非の戸一戸分と郷長江沼臣族忍人の戸の一部(五六人分)を残す断簡にすぎないが、北陸道における唯一の籍帳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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