岡平村(読み)おかだいらむら

日本歴史地名大系 「岡平村」の解説

岡平村
おかだいらむら

[現在地名]麻生町おか

北は倉川くらかわ村、東は白浜しらはま村に接する。「常陸国風土記」に「此より南に相鹿あふか大生おほふの里あり。古老のいへらく、倭武の天皇、相鹿の丘前をかざきの宮に坐しき」とあり、相鹿おうかの丘前の宮の遺称地がこの地とされる(常陸誌料郡郷考)中世相賀おうが郷に属し(新編常陸国誌)、戦国末期まで相賀氏が支配したが、江戸時代には旗本領となり、文政一一年(一八二八)の常州行方郡最寄四拾三ケ村組合議定連印(関戸家文書)には、松平清三郎知行所四九石余、松波貞太郎知行所三一五石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む