岡平村
おかだいらむら
[現在地名]麻生町岡
北は倉川村、東は白浜村に接する。「常陸国風土記」に「此より南に相鹿・大生の里あり。古老のいへらく、倭武の天皇、相鹿の丘前の宮に坐しき」とあり、相鹿の丘前の宮の遺称地がこの地とされる(常陸誌料郡郷考)。中世は相賀郷に属し(新編常陸国誌)、戦国末期まで相賀氏が支配したが、江戸時代には旗本領となり、文政一一年(一八二八)の常州行方郡最寄四拾三ケ村組合議定連印(関戸家文書)には、松平清三郎知行所四九石余、松波貞太郎知行所三一五石余とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 