島根のすさみ(読み)しまねのすさみ

日本歴史地名大系 「島根のすさみ」の解説

島根のすさみ
しまねのすさみ

二巻 川路聖謨著

成立 天保一一―一二年

原本 宮内庁書陵部

解説 佐渡奉行川路聖謨が江戸の母にあてた報告日記。天保一一年七月の江戸出立から、翌年五月帰着するまでの途中沿道および佐渡在島中の見聞が記される。佐渡全島を巡村し、各地風物人情描写

活字本 佐渡叢書一・日本庶民生活史料集成三・東洋文庫二二六

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の島根のすさみの言及

【鉱山病】より

… 日本でも,鉱山開発が急速に進められた江戸時代になると,鉱山労働者に職業病が発生し,また近隣に鉱毒による公害をもたらした。佐渡奉行の川路聖謨(としあきら)は,その日記《島根のすさみ》に,石粉と油煙に冒された坑夫がほとんど30歳で死亡すると記し,秋田の大葛金山の文書では〈石粉まじりの痰を吐き〉とあり,生野銀山の文書でも〈痰を吐き,血を吐き,苦しみて死す〉などと記されているが,これらは後に〈ヨロケ〉といわれた塵肺の一つ珪肺を主症とする鉱山病であった。こうした坑夫の職業病に対する医療対策はほとんどとられていなかった。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」