市之関村(読み)いちのせきむら

日本歴史地名大系 「市之関村」の解説

市之関村
いちのせきむら

[現在地名]宮城村市之関

西柏倉(にしかしわぐら)村の西に位置し、北は赤城山原野に続く。西は滝窪(たきくぼ)村(現大胡町)、南は堀越(ほりこし)村(現同上)。寛文郷帳では田方一八六石余・畑方四〇石余、前橋藩領。享保一〇年(一七二五)の検地帳・新田検地帳(宮城村役場蔵)によると高四二六石余、反別は田方二三町九反余・畑方三九町七反余・屋敷三町九反余。本田持人数九七(うち屋敷のみ一)、滝窪一、柏倉五、堀越一の入作者がいる。蔵屋敷一。元禄一一年―宝永三年(一六九八―一七〇六)の間に四町九反余(一四石余、畑のみ)が開発されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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