常持村(読み)つねもちむら

日本歴史地名大系 「常持村」の解説

常持村
つねもちむら

[現在地名]久留米市大橋町常持おおはしまちつねもち

筑後川巨瀬こせ川の合流点左岸の日田街道沿いにあり、一里山が描かれる(上三郡絵図)。天正三年(一五七五)一〇月五日写の草野家居屋敷注文(草野文書/久留米市史7 資料編古代・中世)に「常持 十二町」とみえる。本高は一千三五〇石余(元禄国絵図)。「在方諸覚書」では古高一千二二〇石・役高一千七七石。寛政元年(一七八九)の撫斗代六斗五升、人数六七二、馬六一(上三郡取調手鑑)。享和二年(一八〇二)の春免高帳では高一千一四九石。文化四年(一八〇七)畝付帳では本田五〇町五反余・開田八反余・畑田五町四反余・畑三七町一反余・居屋敷一町三反余など。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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