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島原 しまばら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

島原
しまばら

京都市下京区の一地区。 JR山陰本線丹波口駅の東側に位置。江戸時代,それまで六条にあった遊里が島原に移り,以後大規模な遊郭として発展。往時には,揚屋,茶屋,置屋が軒を連ねていたが,安政1 (1854) 年の大火で揚屋町の一部を残すだけとなった。

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デジタル大辞泉の解説

しまばら【島原】

長崎県南東部の市。江戸時代は松平氏の城下町。雲仙岳への入り口。市内各所に湧水がみられ、古くから水の都と呼ばれる。平成18年(2006)1月、有明町を編入。人口4.7万(2010)。
京都市下京区西部にあった、遊郭地。

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百科事典マイペディアの解説

島原【しまばら】

京都市下京区,西本願寺西方の一地区。江戸時代は西新屋敷といい,1640年六条三筋町から移った遊郭(ゆうかく)があった。遊廓は東西99間,南北133間,周囲に堀をめぐらし,京都唯一の公許遊廓として栄え,元禄の最盛期には揚屋24軒,茶屋20軒,太夫13人を数えた。
→関連項目里ことば太祇丸山

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世界大百科事典 第2版の解説

しまばら【島原】

京都市街の南西部にあった近世の代表的遊郭。京都の遊郭は,1589年(天正17)に秀吉が指定した二条柳町に始まり,1602年(慶長7)に六条柳町(三筋町ともいう)へ移っていたが,40年(寛永17)に当時としては町はずれの朱雀野へ再移転を命じられて傾城町となった。これが現在下京区に属する島原で,島原の地名はその3年前に起こった島原の乱にちなむとする諸説が伝わっているが,確証はない。いずれにしても,島原は俗称ないし通称であって,正式の地名は西新屋敷といい,その中は揚屋町,太夫町,上之町(かみのちよう),下之町,中堂寺町(ちゆうどうじちよう),中之町の6町に分かれ,この町名は今も残っている。

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大辞林 第三版の解説

しまばら【島原】

長崎県島原半島東部、島原湾に面する市。江戸時代、松平氏の城下町。背後に眉山・雲仙岳を控え、島原温泉とあわせて観光保養地として発展。
京都市下京区西新屋敷にあった遊郭の通称。1640年、室町六条(三筋町)辺から移転。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島原
しまばら

京都市下京区にある、もと遊廓(ゆうかく)のあった地。山陰本線丹波口(たんばぐち)駅の東に位置し、上之町(かみのちょう)、下之町(しものちょう)、太夫(たゆう)町、揚屋(あげや)町などからなる地域。1640年(寛永17)、京都所司代板倉重宗(しげむね)により、六条三筋町(柳町)にあった遊廓を町はずれのこの地へ移転するように命じられ、以後、江戸時代を通じ京都で唯一の公許の遊里であった。西新屋敷(にししんやしき)が公式地名であるが、島原とよぶのは、遊廓の形が島原城(長崎県)に似ていたからとも、移転命令が急でその混乱状態が島原の乱のようであったからともいう。島原は、約2丁(220メートル)四方の周囲に溝を掘り、出入りは惣門(そうもん)の一方口とする本格的遊廓の最初のものであった。設立以来、元禄(げんろく)年間(1688~1704)までは繁栄したが、その特色は太夫(コッタイと俗称)の揚屋遊びにあった。その後、経済的・地理的条件に加えて、格式の墨守や妓品(ぎひん)の下落などのため、祇園(ぎおん)・二条・七条・北野の私娼(ししょう)勢力に押された。取締りによって私娼の一部が島原へ強制収容されることもあったが、もはや時流に添えず、さらに1854年(嘉永7)夏の大火によって決定的な打撃を受けた。明治維新後、毎年4月に廓(くるわ)内を行列して歩く太夫道中などの旧習を復活したが、すでに京都の遊興の中心は祇園に移っていた。それでも、1958年(昭和33)売春防止法施行までは遊廓として存続した。揚屋建築の角屋(すみや)(国指定重要文化財、現在は角屋もてなしの文化美術館)、松本楼、置屋の輪違屋(わちがいや)、大門(輪違屋と大門は京都市指定登録文化財)などが残っている。[織田武雄・原島陽一]

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世界大百科事典内の島原の言及

【角屋】より

…京都市下京区揚屋町にある旧遊郭島原の揚屋の遺構(重要文化財)。江戸初期の1640年(寛永17)に六条三筋町の遊郭が島原に移転したときから現在地にある。…

【難波物語】より

…1冊。京都島原の評判記。序文のあとに〈難波物語,付,批判〉とあって,本文を掲げた後にその批判を加えるという体裁をとる。…

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