幢主(読み)どうしゅ

改訂新版 世界大百科事典 「幢主」の意味・わかりやすい解説

幢主 (どうしゅ)

朝鮮高句麗新羅の武官名。4世紀ごろからモンゴル族など北方異民族の軍団名に幢という訳語が用いられた。6世紀の高句麗では,最高武官名に大幢主があり,幢主はその下位の武官名と推定される。幢主の武官名は6世紀中葉以降の新羅でさかんに使用された。そのもっとも早い用例は,561年建立の真興王拓境碑の一つ昌寧碑に,軍主の下の地方武官名として見られる。6世紀後半から7世紀中葉にかけて,新羅の中央軍団は貴族の私兵で構成され,その軍団名や私兵の部隊名に幢を付けるものが多く,それぞれの司令官は某幢幢主と呼ばれた。この時期の幢主は最高ないしはこれに準ずる中央武官名であったが,670年代の軍制改革によって,幢主は中央軍団所属の小部隊長名に格下げされた。
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