平知康(読み)たいらの ともやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平知康」の解説

平知康 たいらの-ともやす

?-? 平安後期-鎌倉時代の武士。
平知親(ともちか)の子。鼓の名手で鼓判官(ほうがん)とよばれた。後白河法皇につかえ,寿永2年(1183)源義仲(みなもとの-よしなか)の法住寺御所攻めの際,防衛にあたったが敗れて検非違使(けびいし)の職をとかれる。のち鎌倉で源頼家(よりいえ)につかえ,頼家幽閉後京都にかえった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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