20世紀日本人名事典 「平間誠記」の解説 平間 誠記ヒラマ セイキ 昭和期の競輪選手 生年昭和12(1937)年3月21日 没年昭和43(1968)年8月21日 出生地宮城県刈田郡蔵王町 学歴〔年〕早大中退 経歴昭和34年6月、日本競輪学校13期生としてプロ・デビュー。逃げ、まくり、追い込みなど、オールラウンドの天才的自在型の選手として注目され、“悪魔誠記”と異名をとるほどだった。死の前年(42年)がピークで、高松宮杯、日本選手権、小倉競輪祭と、たて続けに3つの特別競輪を制した。43年8月、ローマで行われる世界選手権自転車競技大会出場のため合宿練習中、接触されて落車、5日後の8月21日不帰の人となった。652戦1着397回、2着78回、3着39回のさん然たる着率を残している。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by