広小路町(読み)ひろこうじちよう

日本歴史地名大系 「広小路町」の解説

広小路町
ひろこうじちよう

[現在地名]東区うえ町一丁目

明治六年(一八七三)吉右衛門肝煎地きちえもんきもいりち北清水谷きたしみずだに十三じゆうさん小路・千人引せんにんびきをあわせて成立した町(大阪府全志)。江戸時代には北は上堺うえさかい町、南は山家屋やまかや町、西はたに町三丁目、東は広小路に囲まれた地域で、寛文期(一六六一―七三)の貼紙をもつ大坂町中並村々絵図では追手城代屋敷となっている。延享二年(一七四五)から四年の城代阿部正福の時には、城代家中屋敷および蔵奉行手代屋敷があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む