府坂村(読み)ふさかむら

日本歴史地名大系 「府坂村」の解説

府坂村
ふさかむら

[現在地名]佐伯市堅田かたた 府坂

西野さいの村の南、堅田川中流左岸に位置。普坂・不坂とも記す。天正一四年(一五八六)一一月、栂牟礼とがむれ城を襲った島津軍は堅田に入り、普坂などで佐伯惟定と戦い敗走した。この時の島津兵の首級は普坂峠に埋葬された(大友家文書録)正保郷帳に不坂村とみえ、幕府領は田高三一石余・畑高四六石余、佐伯藩領は田高四石余・畑高五石余、堅田郷に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む