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堅田 かたた

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堅田
かたた

滋賀県大津市北部の地区。旧町名。 1967年大津市に編入。琵琶湖狭隘部の西岸にあり,中世は湖上交通の要衝の港として栄えた。現在は商業の一中心地。紡績・化学工業もある。本堅の居初氏庭園は名勝。湖中に恵心僧都創建の浮御堂があり,近江八景の一つ「堅田落雁」で有名。対岸の守山市との間に琵琶湖大橋がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

かただ【堅田】

近江国滋賀郡の地名。11世紀後半には京都の下鴨社(鴨御祖神社)の御厨(みくりや)となっていたことが確かめられるが,それ以前は定かでない。平安末期までには,堅田荘として,延暦寺の荘園ともなっており,1227年(嘉禄3)には,承久の乱の行賞として,佐々木信綱に堅田荘の地頭職が幕府より与えられているところからすると,鎌倉時代の初めには,地頭職・領家職の二つに分かれていたものと推測される(《吾妻鏡》)。しかし,こののち延暦寺の支配が強まるにつれて,地頭職は実質的な意味を持たなくなったとみえ,史料の上からも姿を消す。

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大辞林 第三版の解説

かたた【堅田】

水が乾ききって堅くなった田。

かたた【堅田】

大津市の地名。琵琶湖南西岸に位置し、古来、湖上交通の要地。堅田の落雁らくがんは近江八景の一。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔滋賀県〕堅田(かたた)


滋賀県大津(おおつ)市北部の地区。琵琶(びわ)湖最狭部の西岸に位置する。中世から琵琶湖水運を掌握した堅田商人の根拠地として発展。湖畔(こはん)には平安時代中期に創建された満月寺の浮御(うきみ)堂がある。「堅田の落雁(らくがん)」は近江(おうみ)八景の一つ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堅田
かたた

滋賀県南部、大津市の一地区。旧堅田町。琵琶(びわ)湖最狭部の西岸に位置する。古くから西近江路(おうみじ)と湖上交通の要衝として栄え、戦国時代には堅田水軍が活躍した。「堅田フナ」などをとる漁港でもある。湖中に浮御堂(うきみどう)があり、「堅田の落雁(らくがん)」は近江八景の一つであった。現在は工場の進出や住宅地化が著しい。国道161号が通じ、JR湖西(こせい)線堅田駅がある。また、琵琶湖大橋の西端にあたり、橋は国道477号につながる。[高橋誠一]

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世界大百科事典内の堅田の言及

【大津[市]】より

…1898年市制。1932年滋賀村,33年膳所(ぜぜ)町,石山町,51年坂本村,下阪本村,雄琴(おごと)村,下田上村,大石村,67年堅田町,瀬田町を編入。人口27万6332(1995)。…

【琵琶湖】より

…南北に長く,南端から約16kmのところがくびれて最も狭く,ここに琵琶湖大橋(1964完成。大津市今堅田町~守山市木浜(このはま)町間,全長1.35km)がかかっている。これを境にして北の主湖盆を北湖,南の副湖盆を南湖と呼ぶ。…

※「堅田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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