徳川家康陣跡(読み)とくがわいえやすじんあと

日本歴史地名大系 「徳川家康陣跡」の解説

徳川家康陣跡
とくがわいえやすじんあと

[現在地名]交野市星田

慶長二〇年(一六一五)大坂夏の陣にあたり、家康の宿営地となった平井家屋敷跡。夏の陣に臨んで徳川方は因幡矢橋やばせ城主市橋長勝の意見により星田ほしだを宿営地に選び、警固を強化したため大坂方による事前の焼打ちを免れ、五月五日京都を出発した家康は星田の平井清貞宅に一泊した。このことは、市橋家領(近江仁正寺藩)が星田に設けられる原因にもなり、平井家が市橋家領の庄屋となった理由でもある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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