デジタル大辞泉
「交野市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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交野市
かたのし
面積:二五・二九平方キロ
府の北東部、北河内の中央東端部に位置。北は枚方市、東は奈良県生駒市、南は四條畷市、西は寝屋川市・枚方市に囲まれる。市域の三分の二が東部・南部の山地(生駒山地)で占められ、この山地南東の田原盆地(四條畷市・生駒市)から流れ出る天野川が、山地の随所から流下する妙見川・中川・草川・免除川などの小河川を合しながら市域南東部から北西部へ流れる。東部から南部にかけての山地には北から交野山(三四四メートル)・竜王山(三三〇メートル)・普見山(約二三〇メートル)・妙見山(一六二メートル)が並び、その南には天野川の磐船峡がある。普見山以南の山地は金剛生駒国定公園に含まれ、とくに磐船峡は景観の雄大さで知られる。主要交通路は磐船街道(国道一六八号)および長岡京・平安京時代には南海道であった東高野街道(府道枚方―富田林―泉佐野線)だが、山地の裾の村々をつないだ山根道、寺・傍示を経て大和に入る竜王山越の峡崖道(傍示越)などもあった。市名はかつて当市域が属した交野郡に由来する。
〔原始〕
遺構を伴った最古の遺跡は神宮寺遺跡で、現在のところ畿内の縄文遺跡のなかでも最も早い時期に属するものとされている。大阪平野北東部に顕著な分布を示す大阪の縄文早期遺跡のなかでも、最も注目される土器文化の跡である。その他の縄文遺跡に中期に属する星田遺跡が傍示川の扇状地上にある。弥生時代には、天野川下流域に中期初頭の大集落遺跡が出現し始めるが、市域では中期後半の交野城跡・星田ぼうりょうの両遺跡が知られるのみである。後期になると急増し、寺村たつみ山・寺村南山・森・郡津西の町・天田の宮・私市河原・倉治変電所北方などの遺跡があり、後期遺跡の大半は古墳時代にも引続き集落を営んだとみられている。これらのうち寺村南山遺跡は標高約二〇〇メートルの山丘頂上、天野川水系最高所にあって見張場的・通信基地的性格が濃厚な高地性遺跡。妙見山の最高所、標高一六二メートルにあった妙見山古墳は、典型的な山丘頂立地の前期古墳。妙見山古墳と天野川を挟み対峙した位置に森古墳群があり、群中の一基雷塚古墳(前方後円墳)は古墳前期でも最古式の外形をもつ。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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交野〔市〕
かたの
大阪府北東部,生駒山地北麓から交野台地を占める市。 1955年交野町と星田村が合体し,1971年市制。交野台地は平安時代に皇室の狩猟地であった。大阪の近郊にあってミカン,モモ,野菜などを産する農村地帯であったが,第2次世界大戦後急激に宅地化が進み,人口も急増した。南部の私市には国宝の本尊薬師如来坐像を所蔵する獅子窟寺,磐船神社などの名所や大阪市立大学理学部附属植物園があるほか,北東部の交野山 (こうのさん) 麓には源氏の滝がある。南東部は金剛生駒紀泉国定公園に属する。市域のほぼ中央を JR片町線 (学研都市線) ,京阪電気鉄道交野線が通る。面積 25.55km2。人口 7万5033(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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