徳政村(読み)とくせいむら

日本歴史地名大系 「徳政村」の解説

徳政村
とくせいむら

[現在地名]豊津町徳政

国分こくぶ村の東、はらい川西岸の段丘東麓に位置する。元和八年人畜改帳では給人一人分の高三四六石余、家数三八・人数八九(うち庄屋一・百姓五・名子など一七)、牛九・馬四。寛永九年(一六三二)小倉藩主として小笠原氏が入部した後に国分村から三七石余の渡高があった(嘉永五年仲津郡本田畑御勘定帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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