徳条村(読み)とくじようむら

日本歴史地名大系 「徳条村」の解説

徳条村
とくじようむら

[現在地名]春日居町徳条

熊野堂(くまのどう)村の西に位置し、兜(かぶと)山の南麓に立地する。南は鎮目(しずめ)村。永禄五年(一五六二)四月一三日の武田信玄印判状写(甲斐史料集成稿)に「徳条之源右衛門」とみえ、同人は三科清九郎が武田氏に返却した鎮目郷のうち飯田安左衛門分四貫七〇〇文を宛行われている。元亀三年(一五七二)九月二六日、徳条の神八は父源右衛門の鎮目郷の知行地を安堵され、軍役勤仕を命じられている(「武田家印判状写」同集成稿)。源右衛門・神八父子は同郷の軍役衆であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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