徳次郎城跡(読み)とくじろうじようあと

日本歴史地名大系 「徳次郎城跡」の解説

徳次郎城跡
とくじろうじようあと

[現在地名]宇都宮市徳次郎町

中徳次郎の北東にあり、東側を流れる川を利用した平城。東西一六〇メートル・南北三一五メートルで、本丸と二の丸から構成され、それを土塁と堀が囲繞し、北側は二重堀となる。郭内の北東部に藁宝殿わらほうでんが祀られ、北西の隅に井戸跡がある。物見櫓台跡がみられる。郭内は現在林となっている。宇都宮朝綱の家臣新田信濃守義盛が建久年間(一一九〇―九九)徳次郎の地二万八千貫を領したと伝える。「関八州古戦録」の「上州館林城主赤井父子三代之事」の条に「弘治二年(中略)文六郎是ヲ聞テ行方知ラス逐電シ、宇都宮ヘ走リテ還俗シ赤井上野介勝連トソ名乗ケル、去ハ種姓ト云、武勇ト云、他ニ異成者也トテ三郎左衛門尉広綱召出シテ五百貫文ノ所知ヲ与ヘ、河内郡徳次郎ノ砦ヲ守ラシム」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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