徳永重康(読み)トクナガ シゲヤス

20世紀日本人名事典 「徳永重康」の解説

徳永 重康
トクナガ シゲヤス

明治〜昭和期の理・工学者



生年
明治7年8月(1874年)

没年
昭和15(1940)年2月8日

出生地
東京

旧姓(旧名)
吉原

学歴〔年〕
東京帝大理科大学動物学科〔明治33年〕卒

学位〔年〕
理学博士〔明治35年〕,工学博士〔昭和3年〕

主な受賞名〔年〕
朝日文化賞〔昭和12年〕

経歴
東京帝大大学院を経て早大理工学部教授となり、早稲田高等工業学校長、東大講師などを兼務。昭和8年第一次満蒙学術調査研究団長として熱河地方に赴き、翌9年北満で人骨石器を発掘するなど、4か月にわたる総合調査を行なった。11年公刊された、その大報告書により、12年朝日文化賞を受賞

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学位 学歴

最新 地学事典 「徳永重康」の解説

とくながしげやす
徳永重康

1874.8.20~1940.2.8 旧姓吉原。東京に生まれ,1897年東京大学動物学科卒,大学院で地質学を専攻。在学中から東京周辺の貝化石や日本のウニ化石の先駆的な研究をし,琉球列島・台湾北部・小笠原諸島の地質調査研究で貢献。1910年から早大採鉱科で地質学を教授。1914年に日本で最初にDesmostylusを発見。その後27年まで宇部炭田の研究に専念。33年満蒙学術調査団に団長として参加,多くの報告を残す。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳永重康」の解説

徳永重康 とくなが-しげやす

1874-1940 明治-昭和時代前期の動物学者。
明治7年8月生まれ。早大教授,早稲田高工校長,東京帝大講師などをつとめる。昭和8年から中国東北部や山西(さんせい)省で数次にわたり科学的総合調査を実施。その調査報告で12年朝日文化賞を受賞。昭和15年2月8日死去。67歳。東京出身。東京帝大卒。旧姓は吉原。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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