志君村(読み)しぎみむら

日本歴史地名大系 「志君村」の解説

志君村
しぎみむら

[現在地名]邑智町志君

尻無しりなし川支流の東流する志君川流域にあり、北東湯抱ゆがかえ村。同村との村境山上銀山街道が通る。銀山御囲村・炭方村に指定されていた。元禄一〇年(一六九七)石見銀山領村々覚によれば田方八四石余・畑方四七石余、年貢高は米三八石余・銀三八三匁余、家数は本家二九・門屋二〇、人数一九九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 邑智町誌 かえ

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む