恩谷鑪跡(読み)おんやたたらあと

日本歴史地名大系 「恩谷鑪跡」の解説

恩谷鑪跡
おんやたたらあと

[現在地名]掛合町波多

嘉永二年(一八四九)はたなりに鑪が設置され、安政三年(一八五六)恩谷に移され、明治中頃まで稼行された。経営主は吉田よしだ(現吉田村)田部長右衛門。明治一七年(一八八四)の届によると、八人の職工が年間延べ四三〇日割鉄生産に従事し、一万八千八〇〇貫余の生産量、二千九一一円五二銭の出荷額を上げている(掛合町役場文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む