掛合町
かけやちよう
面積:一〇九・四四平方キロ
飯石郡の中央部、南東は吉田村、北西は簸川郡佐田町、南西は頓原町、北東は三刀屋町に接する。町域中央を南北に斐伊川の支流三刀屋川が北流する。吉田村から流れる民谷川に八重滝、松笠川の支流滝谷川に中国一の高さを誇る竜頭が滝があり、竜頭八重滝県立自然公園に指定されている。三刀屋川に沿って国道五四号が通り、陰陽交通の重要路線として整備された。掛合町には古代飯石郡の郡家が置かれた。「出雲国風土記」の飯石郡穴厚山・広瀬山・焼村山などが町内に比定され、志許斐山は野田山、笶村山は矢の峯山とされる。古代の当町域の中央から北は多禰郷、中西部は須佐郷、南部は波多郷に属した(和名抄)。鎌倉時代に庄園の設置はみられないが、南北朝期地頭勢力の台頭がみられ、多禰郷に多禰次郎左右衛門尉頼茂・多禰兵庫允清頼の名がみえる。
掛合町
かけやまち
[現在地名]掛合町掛合
江戸時代、掛合村の中に置かれた在郷町。近世初頭から町の扱いをされるようになったようで、「雲陽大数録」には飯石郡の町場として三刀屋(現三刀屋町)・吉田(現吉田町)・掛合の三町があげられる。かつて十日市の辺りにあったが洪水で流され、現在の坂町に町場が形成されたという。洪水は寛文六年(一六六六)のものかと思われる(掛合町誌)。制札場・上番所も置かれた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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