恵下野村(読み)えげのむら

日本歴史地名大系 「恵下野村」の解説

恵下野村
えげのむら

東を巴波うずま川が南流し、おもい川に注ぐ。西は横堤よこづつみ村・下宮したみや村、南東は思川を隔て野渡のわた(現野木町)。寛永四年(一六二七)の開発と伝えられるが、慶安郷帳にはみえない。慶安四年(一六五一)の「下野一国」に「江下野舟渡場」がみえ、野渡船渡場からは三五町二〇間、白鳥しろとり船渡場(現小山市)までは一里二三町。真言宗東光とうこう寺跡にある貞享二年(一六八五)の青面金剛碑に、「下野国都賀郡小山庄恵下野村」と刻む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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