戸津呂村(読み)とづろむら

日本歴史地名大系 「戸津呂村」の解説

戸津呂村
とづろむら

[現在地名]作手村保永やすなが

和田わだ村の西、丘一つ隔てた谷の奥にある。天和二年(一六八二)見代けんだい村からその南西部が分村したと伝える。慶長七年(一六〇二)から作手藩領、同一五年から幕府領、天和元年から鳥羽藩領を経て享保一一年(一七二六)他の一二ヵ村とともに幕府領となり、作手組十三ヵ村とよばれた。文化元年(一八〇四)から陸奥磐城平藩主安藤対馬守信成領、文久二年(一八六二)幕府領に復し明治に至る。

「三河国二葉松」に「戸津呂村古城 二ケ所城主不知、同所古屋鋪 刑部」とあるが、現在その跡は不明である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む