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所得倍増計画 ショトクバイゾウケイカク

大辞林 第三版の解説

しょとくばいぞうけいかく【所得倍増計画】

1960年(昭和35)に池田内閣のもとで策定された長期経済計画。61年度からの10年間に実質国民所得を倍増させることを目標としたが、現実の経済成長はこれを上回った。国民所得倍増計画。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の所得倍増計画の言及

【池田勇人】より

…戦後の官僚政治家。広島県竹原市出身。京都大学法学部卒業。1925年大蔵省に入る。47年事務次官となる。49年,広島から衆議院議員に当選,ただちに第3次吉田茂内閣の蔵相に就任,50年通産相を兼任。吉田茂直系の政治家としてGHQが示した〈経済九原則〉の具体化を推進した。池田=ロバートソン会談(1953),造船疑獄で疑惑を残したが,54年自由党幹事長に就任。55年保守合同による自由民主党の成立後,石橋湛山内閣,岸信介内閣の蔵相,のち国務相,通産相を歴任。…

【経済計画】より

…日本では〈経済自立5ヵ年計画〉(1956‐60年度)以来,〈1980年代経済社会の展望と指針〉(1983‐90年度)にいたるまで10個の中期計画が作られている(1984年末現在)。なかでも池田勇人内閣の〈国民所得倍増計画〉(1961‐70年度),いわゆる所得倍増計画が有名である。現在の日本では,経済計画は首相の諮問に答える形で経済審議会が答申を作成し,内閣が閣議決定したものである。…

【高度経済成長】より

…また,新日米安全保障条約は,1月に調印され,5月には連日デモ隊が国会を包囲する騒然たる雰囲気のなかで,自由民主党によって衆議院で強行採決されて,6月には自然成立する。他方,7月には池田勇人内閣が発足し,12月に国民所得倍増計画を決定する。それらは,1950年代の〈政治の季節〉の終焉(しゆうえん)を告げ,60年代の〈経済の季節〉の到来を予告する象徴的な事件であった。…

【国土総合開発】より


[全国総合開発計画]
 国総法に基づく全国総合開発計画が閣議決定されたのは,1962年10月のことであった。この計画の策定に先だち,国総審は何度か準備作業を進めているが,本格的な策定作業に入ったのは国民所得倍増計画(1960年12月策定)が出されてからである。この計画は,計画実施上の留意点として,農業や中小企業の近代化,後進地域の開発促進,産業の適正配置の推進と公共投資の地域別配分の再検討等を掲げ,今後の経済成長のネックに社会資本の不足をあげている。…

※「所得倍増計画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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