国内総生産(国内総生産・国民総生産)は,居住者である生産者に対する要素サービスの対価として分配されて,被(雇)用者報酬と営業余剰とから成る〈国内要素所得〉を形成する。被用者報酬とは,〈居住者である生産者〉が被用者に対して支払ったすべての現物,および現金の形の賃金・俸給,および上記生産者がその被用者に関して社会保障制度,民間の年金,損害保険,生命保険その他類似の制度に対して支払ったり帰属したりした拠出金を含めた大きさをいう。これに対して,居住者である生産者の付加価値つまり国内総生産から上述の被用者報酬と,固定資本消費および純間接税(間接税-補助金)の合計額を控除した残りを営業余剰という。国連の国民経済計算の標準システムであるSNA(system of national accounts)の約束によると,政府サービスの生産者と対家計民間非営利サービスの生産者は営業余剰を造出しないものとされているから,営業余剰は産業でのみ発生する。
国内要素所得に海外からの被用者報酬の純受取額,同じく財産所得の純受取額および企業所得の純受取額を加えたものを〈分配要素所得〉という。ここで,企業所得とは,企業の営業余剰から,企業活動に関連して支払業務の生じた財産所得を差し引いた大きさをいう。また,財産所得とは,利子,配当,地代(土地に関する純賃貸料),ロイヤリティなど,ある経済主体が他の経済主体の所有する金融資産,土地および著作権,特許権のような無形資産を使用することに起因する所得の移転を一括する。ロイヤリティとは,他の経済主体によって所有される特許権,商標,著作権,その他類似の排他的権利の限定使用に対する支払である。
上述の財産所得にかかわる所得の移転が現実の購買力の移転のみならず〈帰属〉の名が冠される擬制的な購買力の移転をも含めていることに注意すべきである。このような擬制的な所得の移転の例としては,帰属家賃および生命保険帰属利子があるが,これらの擬制項目が財産所得の中に算入される根拠は,産業の産出,したがって付加価値にこれらが含まれていることにある。まず第1に,産業の(粗)産出には所有者が占有する住宅の粗家賃が含まれる。この粗家賃は,原則として同一施設の市場家賃によって帰属imputationを行う。市場において賃貸が行われていない民間非営利団体の所有住宅,政府機関所有の宿舎の家賃についても同様の帰属推定が行われる。このように所有者が占有する住宅に関する推定家賃のことを帰属家賃というのである。第2に,生命保険会社の粗産出は,帰属保険サービス料として推定される。この帰属保険サービス料は,受取保険料から支払保険金および保険計算上の準備金の純増分の合計を差し引いた大きさとして擬制される。対応する所得の移転が生命保険帰属利子であって,この帰属利子の部分が財産所得の中に含められるのである。
分配要素所得に純間接税を加えた大きさを〈市場価格表示の国民所得(もしくは国民純生産)〉という。市場価格表示の国民所得に海外からの財産所得と企業所得以外のその他の経常移転の純受取りを加えた額が〈国民可処分所得〉である。上記〈その他の経常移転〉の項目には,政府機関の支払約束に基づく国際機関への分担金(支払項目),移民からの送金(受取項目),居住者の海外への送金(支払項目)などが含まれる。また,国民可処分所得をその処分の形態に即して眺めるならば,最終消費支出と貯蓄の和に等しくなっていることを注意しておこう。
1960年代にCOMECON(コメコン)の協力により完成した社会主義経済を対象とする国民経済計算のシステムであるMPS(material product system)においても国民所得の概念が用いられるが,それはSNAが定義する〈市場価格表示の国民所得〉とは異なっている。MPSにおける生産活動の対象範囲は,物財の生産のほか,これら物的生産物の生産と分配に直接関係する〈物的性格のサービス〉に限定されるため,SNAが生産活動の対象範囲の中に含めている〈政府サービス〉〈対家計民間非営利サービス〉を含む〈非物的性格のサービス〉が排除されている。MPSでは国民経済レベルにおける上記物的生産の測度を,使用原材料,半製品,エネルギーなどの経常生産的消費(SNAでいう中間投入に相当する)と固定設備の価値減耗(SNAでいう(固定)資本消費に相当する)を含めた粗生産物を表す〈社会的生産物〉と,経常生産的消費および固定設備の価値減耗を除く純生産物として定義する〈国民所得〉の二つの次元において捕捉している。生産活動の対象範囲を別にすれば,MPSの〈社会的生産物〉は,SNAにおける(全産業の)粗産出にほぼ対応しているといってよいであろう。これに対して,MPSの〈国民所得〉は,SNAのGDP(国内総生産)にほぼ対応していると考えてよい。ただし,MPSではSNAのように〈国内〉と〈国民〉概念の使い分けを行っていないので,MPSの〈国民所得〉は,SNAにおけるGDPとGNPの中間的概念と対応するといったほうが正確である。SNAとMPSの概念を異なった体制相互の国の間で入れかえて比較する試みは,国連のヨーロッパ経済委員会の下部機構である〈ヨーロッパ統計専門家会議〉が中心になって研究が進められており,とくに最近ではフランス(MPS概念)とハンガリー(SNA概念)間の比較が有名である。
国内総生産より国民所得に至る一連の概念の相互関連は図のように表すことができよう。
→国民経済計算
執筆者:倉林 義正
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ある国の労働者と企業が生産活動に参加したことによって一定期間(四半期、1年など)に受け取った所得の総額を示すもの。賃金総額(雇用者報酬)、企業の利益(営業余剰・混合所得)の合計額として定義される。ここで、国民とは国籍を有しているかどうかを意味するものではなく、その国を拠点として活動している人(居住者)をさす。
よく似た概念である国民総所得(GNI)と国民所得の関係は以下のとおりである。GNIから、設備などの減価償却費(固定資本減耗)と政府の取り分である間接税(生産・輸入品に課される税から補助金を除いたもの)を差し引いたものが国民所得である。
なお、以上で説明した国民所得は「要素費用表示の国民所得」ともよばれる。現在の国民経済計算(SNA)においては、これに政府の取り分を加えた「市場価格表示の国民所得」も存在する。2019年(令和1)12月に公表された年次推計(2018年度国民経済計算)によると、2018年(平成30)の要素費用表示の国民所得は401.5兆円、市場価格表示の国民所得は444.4兆円であった。
[飯塚信夫 2020年9月17日]
一国の1年間の経済活動規模を示す統計概念。生産・分配・支出の各面からとらえられるが,支出面から計算するときは消費・総資本形成・輸出入の差額の計となる。これに間接税を加えると国民純生産,さらに資本減耗引当を加えると国民総生産(GNP)となる。時価で表示された名目系列と,一定時の価格で表示された実質系列とがある。近代日本の実質成長率は,大川一司(かずし)の推計によれば,1887~1904年2.65%,04~30年2.95%,30~69年5.33%で,国際的にみて高く,また趨勢加速の様相を呈した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…A.C.ピグーによれば,この経済厚生とは社会を構成する各個人の効用の総和である。しかし,効用の総和を直接に取り扱うことはできないから,彼はそれに対応するものとして国民所得を考えた。そして,(1)国民所得が大きいほど,(2)貧者の受けとる国民所得の分が大きいほど,(3)国民所得の変動が少ないほど,経済厚生は大きいと結論する。…
…経済活動の循環のなかでは,国民所得は生産,分配,支出という三つの形態をとる。それらは生産国民所得,分配国民所得,支出国民所得と呼ばれる。…
…そしてこの収入と〈その他の所得〉との和を,所得と呼んで区別する場合がある。
[所得の構成要素]
何が所得を構成するかを考える場合,国民所得,すなわち社会会計上の所得概念を知ることによって,その他(たとえば税法上)の所得概念と区別することが重要である。ここでは主として国民所得の構成を基本として解説する。…
※「国民所得」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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