手宮洞窟遺跡(読み)てみやどうくついせき

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

手宮洞窟遺跡
てみやどうくついせき

北海道小樽(おたる)市手宮に所在する洞窟遺跡。壁面に彫刻があることによって有名である。1866年(慶応2)石工長兵衛によって発見されたと伝えられているが、発見以来彫刻について多くの学説が立てられた。おもなものは1879年(明治12)イギリス人ジョン・ミルンJohn Milneのシナ古代文字か鳥獣画説、1884年渡瀬庄三郎(わたせしょうざぶろう)の絵画説、1888年坪井正五郎(つぼいしょうごろう)の人物画説、1912年(大正1)鳥居龍蔵(とりいりゅうぞう)の古突厥(とっけつ)文字説・ツングース語説、1915年喜田貞吉(きたさだきち)の記号説、1918年中目覚(なかのめさとる)のトルコ文字説、1948年(昭和23)朝枝文裕(あさえだふみひろ)のシナ古代文字説がある。しかし、いずれも試論の域にあって定説とはいいがたい。1921年(大正10)国の史跡に指定された。

[大場利夫]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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