承元寺村(読み)しようげんじむら

日本歴史地名大系 「承元寺村」の解説

承元寺村
しようげんじむら

[現在地名]清水市承元寺町

薩(さつた)村の北、興津(おきつ)川中流左岸に位置し、北は立花(たちばな)村、東は寺尾(てらお)村(現由比町)など、西は興津川を隔てて小島(おじま)村など。村名は地内にある古刹承元寺(現臨済宗妙心寺派)にちなむ。天正一八年(一五九〇)一二月一二日の長沢秀綱手形(清見寺文書)によると、「正源寺山」が清見寺領として認められている。以後同寺領として幕末まで続く。天正一八年の検地帳写(清見寺文書)によれば高九三石余で、名請人数四六(うち屋敷持一二)、慶長四年(一五九九)の検地帳写(同文書)では高一四九石余、名請人数四二人(うち屋敷持一九)であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む