押小路町(読み)おしこうじちよう

日本歴史地名大系 「押小路町」の解説

押小路町
おしこうじちよう

[現在地名]奈良市押小路町

北半田東きたはんだひがし町・同西町の北にあり、興福寺北門悲田ひでん門の通街で延乗坊えんじようぼう筋ともいう。「奈良曝」に「町役五軒」「押小路殿と云し公家屋敷の跡なり」とある。南都七郷の一である北御門きたみかど郷のうちに「押小路」があり、中世は興福寺寺務の支配下にあった。「大乗院雑事記」文明一九年(一四八七)正月一三日条には、心経会にあたり押小路に経師を申しつけたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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