搗栗御厨(読み)かじくりのみくりや

日本歴史地名大系 「搗栗御厨」の解説

搗栗御厨
かじくりのみくりや

「搗栗御厨」「うち栗御園」「とき栗御厨」はいずれも同一と思われ、上・下あり、鎌倉期にはともに伊勢内宮領。現千秋ちあき勝栗かちぐり辺り。「神鳳鈔」に「内宮上搗栗御厨八段イ畠一丁 内宮下搗栗御厨田一町」とみえ、小規模なもので、上は内宮に油一瓶を上納することになっていた。

建久三年(一一九二)二所太神宮領注進状写(皇太神宮建久已下古文書)には「栗御園 ○給主内宮権神主守長」「已上件神領等子細見于嘉承注文并永久宣旨也」とあり、嘉承三年(一一〇八)評定注文や永久三年(一一一五)裁決宣旨に成立の事情がみられる「往古神領」で、給主が置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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