勝栗村(読み)かちぐりむら

日本歴史地名大系 「勝栗村」の解説

勝栗村
かちぐりむら

[現在地名]一宮市千秋(ちあき)町勝栗(かちぐり)

熊代(くましろ)村の東にあり、村の東を青木(あおき)川が流れ、中央に本郷、北西に枝郷の五坊野(ごぼの)がある(天保村絵図)。「証如上人日記」の天文六年(一五三七)の条に「同国(尾張)かちぐり」「かちぐり衆」とみえる。中世は伊勢神宮領搗栗(かじくり)郷があった。天正末には織田信雄の家臣瀬名弥二郎の知行地で(織田信雄分限帳)、慶長八年(一六〇三)には清須(きよす)城主松平忠吉の家臣正木左近の知行地であった(「松平忠吉朱印状」森徳一郎氏蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む