政所谷鉱山跡(読み)まんどころよもぎだにこうざんあと

日本歴史地名大系 「政所谷鉱山跡」の解説

政所谷鉱山跡
まんどころよもぎだにこうざんあと

[現在地名]永源寺町政所

政所の山中、蓬谷にあった鉛鉱山跡。安政二年(一八五五)政所村庄屋らと事業主大坂内骨屋うちほねや町河原善九郎の間で、一〇年間で金一五〇両を村に支払うこと、藩への冥加金は出高の一割とすること、留木・炭・割木など村より買入れる品は現金払いとすること、村方の山で勝手に立木伐採をしないことなどの約定証文(光徳寺文書)が取交わされ、翌三年三月より試掘が始められた。鉱口は三ヵ所あり、人夫五〇人という(「徒々年代記」木沢文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 採掘 収支 開鉱

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む