斎藤俊彦(読み)サイトウ トシヒコ

20世紀日本人名事典 「斎藤俊彦」の解説

斎藤 俊彦
サイトウ トシヒコ

大正・昭和期の政治家 元・新湊市長。



生年
明治21(1888)年12月19日

没年
昭和41(1966)年1月24日

出生地
富山県

学歴〔年〕
高岡中中退

経歴
高岡中学4年退学後、小学校の代用教員をしながら、郡の青年団長として活動、大正5年から無報酬で作道村長を務めた。その後昭和初年まで富山県議員として活躍した。この間、大正4年ごろから作道一帯の湿田地帯に発生したワイル氏病を克服するため学者の協力を得ながら、自らも東大医学部で研究。昭和に入って撲滅に成功している。その後も地方行政に当たり、戦後、新湊市長も務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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