於牟連村(読み)おむれむら

日本歴史地名大系 「於牟連村」の解説

於牟連村
おむれむら

[現在地名]野津町藤小野ふじおの 於無礼おむれ

内河野うちがわの村の西にある。慶長二年(一五九七)の野津院検地帳写(渡辺家文書)には尾無礼おむれ村が内河野村など四ヵ村分と一括された一冊が含まれ、村位は下。同一一年の惣御高頭御帳におむれ村とみえ、高一一石余。下ノ村組に属した。正保二年(一六四五)の稲葉能登守知行高付帳には小無礼村とあり本高五石余・出来高六石余、田方三石余・畑方八石余、柴山などありと注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む