日羅将軍神社(読み)にちらしようぐんじんじや

日本歴史地名大系 「日羅将軍神社」の解説

日羅将軍神社
にちらしようぐんじんじや

[現在地名]津奈木町福浜

赤崎あかさき集落を見下ろすところにあり、日羅将軍(達率)の墓所と伝える。祭神も日羅。「日本書紀」によれば、葦北国造阿利斯登の子の日羅は、百済で達率の位についたが、敏達天皇一二年に帰国後殺され、葦北に埋葬されたという。「国誌」には「日羅将軍墳」として「赤崎墺ノ山丘ニ石二ツ立リ、此古墳中絶久シカリシニ(中略)里民カ夢ニ託スルコト前後三夜夢中ニ其所ヲ指示ス、依之墳墓ヲ再建シテ存于今ト云」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中略 当地

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む