明徳館跡(読み)めいとくかんあと

日本歴史地名大系 「明徳館跡」の解説

明徳館跡
めいとくかんあと

[現在地名]秋田市中通一丁目

寛政元年(一七八九)藩主佐竹義和の時、藩学の設立が企図された。「秋藩紀年」に同年七月八日、「上根小屋御厩跡御学館被建置ニ付、信太内蔵介・宇留野源兵衛・渡部善右衛門屋敷被召上」とあり、敷地を定め、学館を建設した。同五年学館を明道館と名付け、次いで文化八年(一八一一)に明徳館と改称した。学館設立の趣旨は次の「町触」(秋田藩町触集)にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android