時中舎(読み)じちゆうしや

日本歴史地名大系 「時中舎」の解説

時中舎
じちゆうしや

[現在地名]富士見町松目

松目新田につくられた石門心学の講舎で、文化七年(一八一〇)時中舎として公認され、以後今日まで年々継続して修養会を開き、現在松目区の公会所となっている。京都の明倫舎より下付の「舎号」(松目区蔵)には、

<資料は省略されています>

とあるが、これに先立つ同年正月二四日付の松目新田門人より諏訪郡瀬沢新田生れ、江戸の心学者中沢道二の高弟植松自謙あての「舎中覚」(松目区蔵)には、寛政一〇年(一七九八)までに門人一八人(松目新田一七、花場新田一)の氏名が記されており、舎号下付以前から当地で、自謙を師とする心学の講座が行われていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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