木殿村
きどのむら
[現在地名]橿原市城殿町
飛鳥川左岸、田中村西北方に立地する。「日本書紀」皇極天皇三年一一月条に「更に家を畝傍山の東に立つ、池を穿りて城と為り、庫 を起てゝ箭を儲む」とある地域か。承保三年(一〇七六)九月一〇日の大和国高市郡司解案(東大寺文書)に「喜殿」の荘名がみえる。延久二年(一〇七〇)九月二〇日の興福寺雑役免帳には「南喜殿庄田畠六十町一段三百歩」とある。また久安三年(一一四七)七月の東大寺御油荘公事注進状(東大寺文書)に「西喜殿」「東喜殿」の荘名がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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